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原因としての感謝

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感謝というのは、結果であり、原因でもあります。

感謝に対して、その比重をどちらに置くかによって、感謝の捉え方が変わってきます。

もし、結果としての感謝に重点を置いている場合、どういうことが考えられるか。

感謝すること、できることというのは、かなり偶発的な度合いが強くなります。

たとえば、物にしろ、行為にしろ、何かを与えられて、ありがたい気持ちになったとします。

そして、感謝することを少しでも大事だな、と考えたとしますね。

この場合、結果的に感謝がその人にもたらされたことになります。

ただし、積極的に感謝をしてゆこうという動機には結びつきにくいものです。

感謝をさらに押し広げて、さまざまな場面に適用してゆくにはまだ遠いと言えます。

これが、原因としての感謝に重点が置かれると、ガラッと変わってくるのです。

つまり、はじめに感謝ありき、という考え方です。

「感謝の種や感謝の対象を際限なく見つけ出す考え方です。

この場合、結果にはほとんど興味が注がれなくなります。

たとえば、起床し朝の繊細な空気に感応して、「ああ、ありがたいな、今日も一日がんばろう」という気持ちになったとします。

そのこと自体に価値を見出していることになります。

よい睡眠がとれ、疲れも取れたから、という結果かもしれません。

それ以前に感謝を生むための原因を自分が作っているわけですから、このありがたい結果は偶然ではありません。

人によっては、目覚めてすぐに一日の憂鬱を想起しますね。

どちらかと言えば、そういう人のほうがはるかに多いでしよう。

感謝するための原因を自分で作ってゆくということ。

この思考や行為の前には、可能性という大海原が広がっています。

連鎖的であり、循環性を持ち合わせています。

成功の鍵がこの辺に潜んでいるな、と感じる方もおいででしょう。

感謝を道徳的側面だけで捉えている人には、この性質、本質の部分を感じ取ることができないのです。

感謝することが大事だ、ということは子供でも口にして言うことではあります。

ではなぜ?と問われて口をつぐむのであれば、結果重視の感謝だと思って間違いありません。

下手をすれば、道徳的価値も薄れ、利己的になってしまうのです。

「ありがとう、ありがとう」と何度もしゃべるから、よい結果が現れるのではありません。

その背後にあるエネルギーが作用しているからです。

感謝の念が感謝の実体であり、連鎖的な循環性をもたらす動力でもあります。

車にたとえるならば、ありがとうとか感謝の言葉はキーに過ぎません。

まさしくキーワードですが、それをありがたがっているだけでは、車が動くことはないのです。

車がどうしてありがたいかといえぱ、私たちを遠くの目的地にまで、早く楽に運んでくれるからです。

次回は、ありがとうの口ぐせについて、お話します。

 

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