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幸福の鍵としての欲求

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古来、幸福というのは、人類が求めて止まないものとして、追求されてきました。

それが果たしてどこにあるのか、どういう性質のものが幸福と言い切れるのか。

多くの人がその謎に挑んできたのだと思います。

私たちにしても、日々の生活の中で、幸福を感じるときもあれば、不幸のただ中に置かれてしまうこともあります。

人生という限られた時間の中で、結論的に幸福を定義するのは、非常に離しいことかもしれません。

ただ、間違いのないことが一つあります。

幸福を感じるのは、人間の心でしかないということです。

欲求が満たされれば、それにともなう満足感があります。

それも幸福感の一つです。

しかし、それだけが幸福であるのだとしたら、欲望が途切れてしまうときに、幸福も一緒に消えてしまうことになります。

また、それが満たされないときには、いつも不幸な自分でいることになります。

果てない欲望というのは、人の持っているものまで奪うことがあります。

奪われる側の立場で考えるなら、その強奪者に対して、憎しみを持つことになるでしょう。

そのようにしてまで欲望を満たそうとすることに幸福があるのか。

その結果、幸福になれない人が至るところに現れてくることになるのです。

私たちの日常には、悲観的で否定的なニュースに瀦ちていて、そのような事実を見るたびに、当事者でない自分たちの心までもが、薄暗くなってきます。

人の不幸を見ることに慣れすぎて、不幸な現実が何やら生活の一部になりかけている危機感を覚えます。

さらに、不幸な人がいないか探してしまうような、魔性をも待びてくるようにもなるのです。

成功というのは、ある意味では欲求の最たるものかもしれません。

多くの人々が成功を目指す現実を考えてみても、欲望や願望がその底辺に渦巻いています。

成功の途次にあって、その欲が消えたならば、成功そのものが望めなくなります。

そう考えると、欲望にも質的な遣いがあることが分かるのではないでしょうか。

欲求を満たすことによって、自分のみならず、他人までもが喜べる形があります。

まず私たちが探すべき欲求とは、人の不幸を顧みないようなものであってはなりません。

その心がけが、人をも満足させてしまうような欲求へと進化してゆきます。

人の喜びに対する強い欲求や関心とは、それこそ奉仕の心なのです。

そのような心の追求の中に、幸福の指針が示されています。

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