時がはじまる前のはるか昔、
人々は愛することしか知らなかった。
愛することしか知らなかった人々は、
愛が何なのか、まったく分からなかった。
彼らにとって生きることは、
全てが喜びであり、自由であった。
全ての人々にとって、
彼らの親は一人しかいなかった。
あるとき、彼らの親は子らに尋ねた。
「わが子たちよ、あなた方は愛のみで生きている存在である。愛が何か、あなた方は知っているだろうか?」
子らは、聞き返した。
「愛は、私たちの命ではないでしょうか?」
親はうなずきさらに聞いた。
「あなた方は愛という生命である。それゆえ愛が愛であると分からない。それは祝福である。喜びである。自由である。真実である。ならばあなたたちは、愛が愛であると分かるために、どうすればよいか分かるだろうか?」
「父よ、それは分かりません。どうすれば分かりますか?」
愛しか経験できない彼らにとって、謎でしかなかった。
「それが分かるためには、あらゆる逆の体験を経ねばならない。闇が光を知らせるように。寒さが温かさを知らせるように。」
「ならば父よ、私たちは、愛の逆さまの体験をすれば、愛を深く知ることができるのでしょうか?」
「愛を知る必要はない。あなた方は愛であるから。あらゆる体験は、いずれ愛に戻るしかないのである」
「ならば父よ、私たちに体験を与えてください。ありとあらゆる体験を」
父は静かな眼をしてそれを認めた。
「そのためには、今私とともいるこの場から、あなたがたは離れなければならない」
そして父は旅立つ彼らを見送ってこう言った。
「あなた方の中に私がいることを、「今」のあなた方は知っている。しかし、ここを離れると、それを忘れることになるだろう」
旅立つ彼らには、それが信じられなかった。
「父よ、そのようなことは決してありません。断じてそのようなことはありません」
「子らよ、よく聞きなさい。忘れることは愛を思い出すための道具である。愛を理解するためには、愛を忘れることから始めなければならない」
子らは、それを聞き喜んだ。
そしてそこからついに歩きはじめた。
しばらくすると、父の姿は遠くかなたに消えた。
彼らは父の姿を再び探しはじめた。しかし、もうどこにもいないということが分かった。
やがて、彼らは父の思い出が頼りとなった。
父の思い出は、彼らを愛で固め、互いに協力することで、愛を保った。
さらに先に進むことを彼らは選んだ。
しかし、一人のものが歩調を乱し始めた。
早く父の元に帰りたいと願ったのだ。
その一人はともに歩みながら、他の者にいらだちをおぼえた。
やがて彼は父を忘れた。なぜ先を急いでいるのかも分からなくなった。
他の者は、彼を見て疑いをおぼえた。
「友よ、あなたはなぜ一人急ぐのか。私たちはともに体験する約束ではないか」
父の元に早く帰りたかった人は、その言葉を聞いて、怒りをおぼえた。
彼はすべての兄弟たちに、こう言った。
「あなたがたは父の元を離れてと言うが、父とは誰なのか?どこにもいないではないか?」
すると、一人また一人と、父を忘れる者が現れた。
愛という父を失った彼らは、はじめての感情を味わった。それは不安と呼ばれた。
愛を失った者たちは、さらに幻想を見はじめた。それをいつしか「時」と呼びはじめた。
時と呼ばれる幻想は、まず「過去」と名付けた。
さらに、先が見えないという不安から「未来」という幻想も創りだした。
いつしか彼らは、過去と未来のハザマで生きていると信じはじめた。
今という瞬間しかないことを彼らは完全に忘れた。
愛しか知らなかった彼らは、旅だって父を見失い、愛ではないさまざまな感情を味わっていることに、まだ気づいていなかった。
やがて彼らは、死の不安を感じはじめた。
それとともに、命が永遠であるということを忘れた。
しかし愛の父は、旅立つときから、ひとときも、そして誰からも離れてはいなかった。
子らの中に、わずかながら父とともにいることを忘れない者がいた。
父は、忘れて苦しむ子らのために、忘れていない子らにそっと言葉を与えた。
「苦しむ兄弟に愛を気づかせてあげなさい」
そして、愛をもう一度思い出させるために、教えを与えた。
彼らは手がかりを得て、再び立ち上がり、希望を見いだした。
そしてまた、先に進みはじめた。
この苦闘は、無限とも思える「時」の間、繰り返されてきた。
そして、人々はなぜ生きているのかすら忘れた。愛が何かを知るために、父から体験を与えられているという、そのことさえ、完全に忘れていた。
ありとあらゆる体験をし尽くした者たちが、ようやく気づきはじめた。
「ああ、かつて誰かから聞いたことがある。あらゆる体験は、いずれ愛に戻るしかない」
彼らは、消えない喜びを感じはじめた。
なぜなら、もう苦しむことがないと分かったからである。なぜなら、必要のある体験が無いと知ったからである。そこには、愛があるだけだと知ったからである。
その者たちの頭上に光が差しはじめた。それはとてもとても懐かしい、優しさに満ちた光であった。
彼らは思い出しはじめた。
すべてを忘れる前の喜びと自由を。父とともにいる安らぎを。自分自身が愛そのものであることを。
彼らはこうして、長い旅を終え、愛に帰った。
そして、無限とも思える長い時が、実は一瞬も進んでいなかったことを知らされた。
父は言った。
「あなたがたが愛であることを知って、私は喜ぶ」