はじめまして。
むつみかんこです。
造田さんの依頼で、投稿することになりました。
今後ともよろしくお願いします🥺
では早速、初投稿。
タイトルは造田さんにつけてもらってます。
適当にしゃべりますから、気楽にね。
感謝はしようとか、やろうとか、行為としての感謝をしようとするから、難しい修行になるんだよ。
たとえば親とか家族、お世話になった人とか、親しい人とかね。
私は感謝することに、行為を当てはめてないから、常に感謝を感じて生きてます。
だけど、あらたまってみんなに感謝したりすることもないかな。
なんか矛盾してる?
でも「ありがたさ」って、いつでもどこでも感じられるステキな感情だよ。
それを何か難しい行為に結びつけなければ、感じられないなんて、おかしいって思わない?
感謝の波動は、宇宙全体に行き渡っているというのに、どうして地球に暮らす人々は使わないのかなあ?って不思議に思うんだよね。
行為より先に、感じてさえいれば、感謝する機会なんて無限にやってくるんですよ。
まず、存在してるだけでありがたいって気持ちになりますよね。
それから辺りに目を向けたら、何もかもがありがたく見えてくるし、とても愛おしく見える。
人との関係だってそう。
感謝のフィルターから映る人々って、とても優しくて、可愛くて、素敵です。
もし悩みのフィルターを外せず苦しんでるなら、息を吐くたびに、ありがとうって言ってごらん。
何に感謝してるのか分からなくてもいいよ。
これ大事だからね。
だって、感謝は感じているだけで幸せになれる魔法の感情なんだから。
どう取りつくろっても、感じてることがあなたの真実。
幸せが何か分からないって人、ほんと多いんだけど、幸せって愛と同じくらい大きな幅を持ってるから、手に持ちにくい、わかりにくいんだ。
だとしたら、その要素に焦点を合わせていけば、そこに.幸せにつながるわけ。
感謝もその一つではあるけど、とても大きい要素だよ。
だってそうでしょ?
幸せな人って、みんな感謝の波動を持ってるし、喜んでるでしょ?
なろうとすんじゃなくて、先にそうなっちゃう。
それだけでいいんだからね。
今日はこんなとこ。
じゃあまたね〜、バイバイ〜