気がつく、とか
気づきが大事だ、

ということをよく耳にしますね。

でも、人間てどうして

「気づけるのか?」

これをときおり不思議に思うんです。

気がつく、気づくというのは、

たとえば、

そこにあることに気がつく、

無くしていたものが、
実はどこかに隠れてしまっていた、

そんな解釈もできますね。

そういう意味では
気がつくというのは、

思い出す

ってことではないかな、
そう感じるわけです。

つまりは、もともと知っていたこと。

それが何らかの形で隠されている。

そして気がつく。

すると、

僕たちの記憶というのは、

人生を歩みながら、
いつも何かを思い出す作業をやっている、

ってことじゃないのかなあ、
と思い至ります。

そのために人生には、
いろいろな場面が随所に現れて、
思い出すための材料が提供されている。

生活の中で悩んだり、
苦しんだりするのも、

何かを思い出すための
シグナルなのではないか。

振り返ってみれば、
さまざまな問題に直面しても、
そのたびに何かを得ています。

そこで得たことは、次の場面では
応用が利くことが多いですね、なぜか。

経験を重ねてゆくうちに、
対処の仕方も優雅になったりして虹

たとえいま苦悩していても、
それに真剣に取り組めば、

やがて得がたい教訓や智恵として、
心の中で輝いている、

そういうプロセスを大事にしたいな、
と思う今日この頃です。

この記事が気に入ったら
いいね!しよう