思考はふつう
脳でしていると
思っています、誰もが。

僕も
考えを巡らしているのは、

やはり脳で行われていると、
実感として感じますね。

ただ、

脳は何らかの反応を示している、
ということも事実で、

脳が勝手に意図して、
思考しているというのは、
少し考える余地もあるわけです。

と言うのも、

僕たちが思考を開始するのは、
たいてい何かを五感がとらえて

それから頭の中で、
考えを巡らしはじめます。

何かを考えると、
それにともなって感情が生じます。

その感じている感情は、
脳が思考している状態とは、
考えにくいですね。

楽しいとか嬉しいとか、
悲しいとか寂しいとか、

これって、
意図して思考しているとは
考えられません。

たとえば、

嬉しいのか、悲しいのか、どっちだ?

これは、嬉しい

なんて鈍重な回路はありません。

ただ、感じていますね。
全身で。

意図というより反応です。

そして胸が熱くなったり、
締めつけられたりします。

本を読んだりして、
活字を追っている時も、

脳はそれを瞬時に判断して、
認識から理解に導きます。

文字を認識している時点では、

分かったぁ~~!とか、
なるほど!という

理解の実感にはなりません。

つまり、
感情への影響は無いわけです。

それが理解に達すると、
スッキリとした感情を感じる。

あるいは、感動を覚える。

この思考のプロセスは、
きわめて高速で行われるために、

僕たちは、脳に心がある
と勘違いしています。

僕はこう思っています。

思考というのは、

全身から脳に伝達される情報や
エネルギーなのではないか、

ということです。

その情報なりエネルギーが
瞬時に脳で翻訳される、
変換されることで、

「考えている」

という認識に達している、
そう思っています。

つまり
思考の実体は、

情報を含んだ
純粋なエネルギーであって、

脳での反応は、
それを受信した結果です。

結果を思考と思っているのが、
僕たち人間なわけですね。

そこで、

このブログのテーマである、

「思考は現実化する」

ということの真意に迫ると、

思考というエネルギーが実体化する、
ということでもあるんです。

この記事については、
さらに続けてゆこうと思います。

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