ふと、「記事の編集」ってところの
記事リストを眺めていると、

書きかけで下書き状態になって
積まれている記事が

12個

もある・・・

おい!はよぉ、書けよ!

と思いつつ、

新しい真っさらな記事編集画面が現れると、
僕のインスピレーションの発送元からは、

何だか次々とやってきたりして、

収拾がつかんぞ!

などと慌てているしだいでありますショック!

インスピレーション

というものも、もしかしたら、
人によって受け止め方が違うかもしれません。

けっこうあいまいな言葉のような気もします。

ただ、

これぞインスピレーション!

っていうのは、間違いなくありますよね。

思考の流れからは、
まったく期待もしていないところに、
ズバッと割り込んでくるような形で。

これをインスピレーションと言わずして何という、
みたいな考えの塊(かたまり)。

この思考の働きが、
僕にはなんとも不思議でならなかったのです。

意図しているから思考している、
って考えられるわけで、

意図してないところから、
割り込んでくる考えって、

???

いったいなにヤツじゃ?
くせ者の仕業か?

などと時代がかった言葉遣いは置いといて、
本当に不思議な気持ちでいたわけです。

ただ、

気をつけていたいのは、

暗く陰鬱な気分でいるときのインスピレーションと
明るく積極的な気分でいるときのインスピレーション、

これは明確に取捨選択をしています。

明るい気分、楽しい気分、
ありがたいなと感じているときなど、

こういう場合は、すんなりと受け入れます。

嫌な感情というのは、おかげさまで
今ではあまり感じられなくなりましたが、

かつて嫌な気分を引きずって生活していた頃は、
まあよくもこんなことが考えられるものだ

というくらい、
自他を否定する思考のオンパレードでした。

さんざん
ネガティブな思考と感情を味わったことで、
そのバカバカしさにやっと気づきます。

思考の現実感に触れてみて、
やっと自分の思考が現実を創っていることが
分かるようになりました。

だとしたら、
どんな思考をしたらいいのか。

自分で選択できるというありがたい事実と、
それが現実になるというおまけまで付いている。

思考できるありがたさは、
今では日々の実感として
強く感じています。

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