昨日まで、
僕のパソコンがカゼをひき、

なかなか作動してくれなかったので、
いろいろと手間取りましたが、

なんとか回復。

そんな折、
知人から電話があって、

「思考と感情、
これってそもそもどう違うの?」

ということを
ズバリ聞かれました。

はは~~ん、なるほど。

たしかに、
どう線引きするかとなると、
これは微妙な問題かもしれません。

思考は、
ふだん思っていること。
何気なく考えていること。

意図して考えていること。
筋立てて考えていること。

あるいは、
五感それ自体も思考に属するでしょう。

いずれにしても、
思考は感情をともなう前の段階。

感情はそれに対して、
どう感じているか。
自分がどう反応しているのか。

たとえば、

嬉しい、楽しい、淋しい、悲しい、
腹立たしい、怒り、イライラ、
愛しい、恋しい、ありがたい、
空しい、ひもじい、焦り、
さわやか、達成感、自由などなど

感じているそのままの状態。

さらに何かを感じながら、
思考しているとも言えます。

感情は次の思考の前提となり、
また、その人の在り方を決定する要因。

そういうことが言えると思います。

たとえば、

こういうブログなどの文章を
読みすすめている段階では、
思考している状態と考えられますが、

文章を読みながら、
そこに嬉しさ、おもしろさ、楽しさ、

あるいは、
つまらなさ、怒り、いやらしさなど、

感じている状態が感情の作用。

そういう風に言えば、
判りやすいかもしれません。

僕の知人らも、実は
この思考現実化・無料メールセミナーを

ひそかに受講してくれていて、
電話やメールなどをくれたりします。

そのときにこういう素朴な質問をされ、
思わず答えに戸惑うという、
意外な展開を体験させられました。

なるほど、

神様はこういう展開も用意されているのかと
苦笑いでしたね、ホントに。

感情について言えば、

すでに感じていること自体を
変えようとする、
コントロールすることは、

とても難しいし、
また変える必要はないでしょうね。

それが自分のありのままの姿なんだと
受け入れればいいわけです。

ただ、

それが本当の自分でない、
感じていたい感情ではない、

そういう意図が明確になったなら、

どう感じていたいのか、
しっかりと考え抜くことは
とても意味があります。

喜びを感じていたい、
楽しさを感じていたい、
豊かさを感じていたい、

そんな意図があるとしたら、

まずそれを感じる、
そしてそこから思考してゆく。

すると、
常に感じていたい感情で、
生活することが可能になります。

自分がどんな感情的な反応をするのか、

それに基づいて、
どう感じていたいのかを変更する。

これが感情をコントロールする、
というプロセスです。

それを具体的にお伝えしているのが、
思考現実化・無料メールセミナーです。

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