こんにちは~、ソウダです。

情報弱者という言葉をネット上でよく見かけます。
略して情弱(じょうじゃく)。
なんとも皮肉な響きがしてます

いまのような情報社会では、有益な情報をいちはやくキャッチして、
それをいかに利益に結びつけるか。
それがビジネスにおいては大切な要素になる。

たしかに、そういう一面もあり、
情報に対する価値は日毎に高まってるし、
高値で売り買いもされています。

テレビなどから流れてくるような情報は、
もしかしたら誰かが、「このように思考させたい」
という意図のもとに作られてる可能性が高いですね。

さまざな報道や番組によって、
たくさんの人々が同じような思考を醸成されて、
自分が意図していない思考を持つようになります。

すると、流行や新たな常識などが生まれ、
それを基盤に政治や企業戦略などを展開するようになります。

というよりは、誰かが先にそれを仕組んで、
仕掛けているといったほうがいいかもしれません。

つまり、思考が現実化する、ということを熟知した人が
大衆の心をある程度操作しているのは、
これまでの歴史を見ても明らかなようです。

ただ、インターネットが普及したことで、
テレビ・新聞への依存度がかなり低くなりました。
それらの弊害をうったえる人々も多いです。

NHKのドラマで、司馬遼太郎さんの「坂の上の雲」が放送されてました。
秋山好古、真之兄弟と正岡子規を中心にドラマは展開してゆきます。

その中のワンシーンに、
まだ若い秋山真之が新聞を読んでいると、
兄の好古がいきなり叱りつけるわけです。

自分の判断力がまだ幼いのに、
新聞などという他人の判断を鵜呑みにするような愚かなことはするな、
という強烈な戒めだったのでしょう。

おそらく戦前の人々の気骨というのは、
こういうところに流れているのでしょう。
自分の判断を重視するという考え、思考です。

戦後のGHQによる占領政策(というより洗脳政策)を
日本人はまともに浴びせられてきました。

特に教育の世界はいかがなものでしょうか。
復興教育から学歴重視にかたより、
個性を消して生きること(和を乱すななどと称して)が
美徳などと言われてきたわけですね。
誰が言い出したのかは知らんですが。

他人に操作された思考を選ぶのか、
自分で独自に判断した思考を選ぶのかは、
それこそ自分しだいです。

今の思考は、あなたの思考なのでしょうか?
それとも誰かがこう考えさせたいと思う思考に
まんまと乗ってるのでしょうか。

他人の思考に乗っかるのは、たしかに楽ではあります。
楽なのですが、とても無責任な状態なので、
ものごとの因果関係を捕まえにくくさせます。

なんでこうなったの?
ということを訴える人がいます。

原因的な思考を自分で選択してないために、
どこからおかしくなったのかが、ほとんどわかりません。

情報収集は今のビジネス社会では必須の作業かもしれません。
ただ、あまり情報ばかりを追い続けて、情報中毒になるのもいただけません。

最後は自分で判断して、何を選択して、どう考え、どう感じるのか。
その選択の責任を自分でとっているなら、
あとあと悔やむことは無くなるはずです。

ではでは

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