おばんです~、ソウダです。

深夜便ていうのもおつなものですね。

今日は少し眼精疲労ぎみで、
サッカーの結果も見ずに寝てしまい、
目が覚めたら、12時過ぎって・・

眠たくなるまで、作業です。

で、前回から続きますが、

私にとって
自分の体が復調した時の感覚っていうのは、
病気の当事者である者にとっては、
とても想像しがたいものでした。

想像しようとすると、つらい症状のほうが勝ってしまい、
どうあがいても治った感覚になどなれない、そう感じていました。

ただ、そこで諦めてしまうのは、ちょっと違うのかなと思い、
しつこく自分が治ったらどうなるんだろう?
という想像は巡らすようにしていたわけです、
往生際が悪かった。

Sさん宅には、その後何度も足を運ぶことになります。

初めこそワケもわからず、疑問だらけだったのですが、
しだいに分かりやすく、私の程度に応じた話をしてくれたのです。

なるほどな、と思ったのは、
一様に他人と同じような呼吸を真似するんじゃなくて、
自分の体調にあった、
最適な呼吸のリズムを見つけ出すのだ、ということ。

まさしく理に適ってるんです。

特別に呼吸法を学んでいるわけじゃなかったので、
こうしなければならない、という既成の主観もなかった。

さらに、S氏が言うには、

「本当の呼吸が身につけば、どんなときだって
ありがたさが先に感じられるんだよ」

ってことらしい。

正直言うと、「何ワケのわかんねえこと言ってるんだろう?」
というのが、感想だったんですね。

(こんな体で、なんでありがたさなんて、
感じられるわけね~だろ!)

こんなことを思っていたんですね、その時はまだ。

しかし、自発的に体にリズムを与え始めて、
しだいに体調回復のきざしが見えはじめると、
日常のところどころで、
ふとありがたくなることがよくありました。

なにげないのですが、ただありがたいなって、
感じることありませんか?

その頻度が増していたのは間違いなく、
自分の呼吸がもたらしてくれているのだと、
その時にはもう実感として理解していました。

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