よくある質問

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Q8:感謝の心があると、「欲望」が無くなると聞いたことがあるのですが、本当でしょうか?

 感謝の心、気持ち、感情があるということは、ありがたさをふんだんに感じられるということだと思います。たとえば、今生きていられるということ、それ自体にありがたさが感じられるとしたらいかがでしょうか。自分に何か付け足す必要がありますか?おそらく何もないですね。それが無欲な状態ではないでしょうか。
  でも、生活を送っている中で、不便を感じればそれを補うものが欲しくなるのは人情です。不便を解消するということは、創意や工夫の領域の問題ですが、さらに快適さや満足感が欲しくなることも考えられますね。ここからがおそらく欲望という気持ちに変化してゆくことになるのです。
  過度の快適さや満足、あるいは快楽を求めることになると、客観的には貪りとして映ります。貪欲というのは、勢いづいた欲望です。理性的とは言えない状態ですね。そうすると、感謝の心はどこにあるでしょうか。まずそんな心の状態では感謝は感じられないはずです。
  感謝というのは、そういう意味で欲望に程よいブレーキをかけて、人間としての理性を失わせない働きを示します。

 

Q9:感謝ができません。感謝する意味が分からないのですが・・・

 感謝ができない、ということは、自分の身の回りに、ありがたいなと思えることがない、と感じてらっしゃるのだと推察いたします。環境的な問題がかなり大きいのだと思います。

 たとえば、家族の愛情を感じられないとか、孤独な中に置かれてしまっているとか、他人からの悪意に敏感になっているとか、そういった原因が考えられます。そんな環境下で感謝をしてゆくというのは、とても厳しいことだと思います。だから、感謝できない、感謝の意味が分からない、という心境になるのもうなずけることではあります。

 しかし、考えていただきたいのは、感謝というのは、他人にばかりむける必要はない、ということです。まず自分自身のことについて、考えてみてはいかがでしょうか。

 感謝という気持ち以前に、自分自身がネガティブになっていないか。生活する中で、物事を悪いほうに考えてしまう傾向があるのではないか。他人を見れば疑ってしまうような傾向はないですか?

 そういう問題があるとしたら、まず笑顔で生活できるような工夫から始めてみるのです。もしかしたら、今まで他人にトゲのある言葉を知らないうちに使ってはいなかったでしょうか。あるいは、自分の態度が人をネガティブにさせていたかもしれません。

 明るい環境が形成されてくれば、生活にもハリとツヤが出てきます。自分を無理やりポジティブにする必要はありません。心を静かに保ち、善い原因、善い種をコツコツ播いてゆくことです。こうすればこうなるという、原因と結果の観察をしてみるのです。善い種を播くならば、善い花しか咲きません。

 感謝できないと、素直にそう感じていることを認める勇気があるのですから、もう一つ勇気を出して、笑顔や言葉をこれまでとは違うものにしてみてください。特に、人に「ありがとう」という言葉を投げかける習慣を確立すると決断してみてください。その効果に必ず驚かれるはずです。

 結果的な感謝にばかり目が向くから、感謝ができないという気持ちになります。そこで、原因としての感謝に目覚めるのです。健康に生きていられる、ごはんが食べられる、やる仕事がある、雇ってくれる会社がある、生活できる環境がある・・数えてゆけばキリがないくらい感謝の種に満ちていることに気がつくはずです。

 そんな恵まれた自分であるのなら、他の人にもそういう気持ちを感じてもらおうと思えるのではないでしょうか。自分と接することで、他の人が温かい気持ちになってゆくとしたら、あなたを批判するような人は激減するのではないでしょうか?

 自分から感謝を発してゆくから、結果的にも感謝するべき状況がどんどん生まれてきます。これは私たちが実感している明確な原理原則であり、法則でもあると断言できます。

 

Q10:どうして呼吸と感謝が結びつくのでしょうか?

 これは、多くの方にご質問していただくことですね。

 まず考えていただきたいのは、「感謝」が一つの心の作用であるとしたら、他の感情と同様に、それに続く結果がともなうということです。

 たとえば、誰かとケンカでもしたとしたら、当分「怒り」の心が鎮まることはないでしょう。その人を見るのも嫌になることがあるかもしれませんね。そこまではゆかずとも、批判的になるのは確かではないでしょうか。

 逆に、誰かに感謝したとしたら、その人を批判的に見るということは、原則的にはなかなかできなくなりますね。

 今のたとえで挙げた「怒り」と「感謝」の違いを比較してみましょう。怒った状態の自分を想像してみてください。腹が立ち、イライラした状態が収まらず、そこら中に当たり散らしているとします。このとき、自分がどんな呼吸をしているか、などといった余裕やゆとりなど全くありません。

 このときの呼吸は、まず息を溜め込み、止まった状態がいくらか続いています。風船でいえばどんどんと空気が入れられて、爆発寸前です。肺を爆発させるわけにはゆきませんので、一気にその空気を吐き出そうとします。怒りが爆発する瞬間です。怒りの感情を溜め込んでいるときには、そんな不安定な呼吸状態が断続的に行われているのです。

 では、感謝の心に満ちているときはどうか。そのときは、とてもなだらかな呼吸状態であるのです。ありがたいなあ、と自発的に感じてみてください。そうすると、ゆったりとした深い吐息が自然と漏れてくるはずです。

 いかがでしょうか?感謝と呼吸の関係がおぼろげながらも理解できてきたのではないですか。心の状態と呼吸はしっかりと連動しているということが分かるのではないでしょうか。

 感謝呼吸は、単に感謝の心にとどまらず、呼吸のコントロールを通して、様々な心をコントロールする一つの方法です。さらに、実践的学習を通して習慣化し、日常的な呼吸、息にまでその影響を及ぼします。不自然な呼吸から離れた生活をするための、きわめて効果的な呼吸実践なのです。

 

Q11:感謝の心や笑いとかで、ガンが治る、という話を聞いたことがあるのですが、本当でしょうか?

 はい、可能性としては高くなることが予想できます。

 ただし、みんながみんな治癒し回復してしまうと断言することはできません。ガンにかかった人なら、ワラにもすがりたくなる気持ちで、命を永らえたくなる、というのはよく理解できます。またご家族も、そういう心情になることでしょう。しかも、担当医師でも、あきらめがちになっているのが現状ではないでしょうか。

  ただ私たちは、 ガンが不治の病という認識はありません。心構えから違います。ガン細胞はどのような人でも日々増殖しています。しかし、それに抗する免疫力が劣っている場合、しだいに侵食され、痛みなどをともなう症状として現れてくるのでしょう。

 仮にガンであっても、苦しみだけの闘病と、感謝を軸にした生活の闘病とでは、自ずと違いがあります。 一日の価値も大きな違いがあることでしょう。もし闘病の甲斐なく死に至るようなことがあっても、人生最期の充実度には大きな違いがあります。死んでも悔いは残すまい、逆に自分自身を見直すキッカケをくれたガンに感謝するくらいの心があれば、今後の治療にも善い影響があるのは理解できるのではないでしょうか。

 参考にしていただきたいのは、新潟大学大学院の安保徹教授の免疫学です。そこには、医学的な立場で、ガンの自己治療の基本的な方法論にまで言及されています。心と体の関係が本当によく分かる内容です。

 ガンが治せるから、という理由で感謝呼吸を実践したい、という考えならば、当会としては入会および実践をお断りいたします。もっと動機を純粋にしていただきたいのです。純粋に感謝の心を生活に活かしたい、人間関係に活かしたい、人生に活かしたい・・・そういう動機ならば、歓迎致します。

 

 

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